浅野暢晴に関するブログです。
by mongoru901
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展示について語る事
「阿吽の呼吸」展を開催中のぎゃらりーマドベのくろさわさんから、展示を見る際の補助線になるような文章を書いて欲しいとの依頼があったので、展示について少し書きたいと思います。

前回書いた数字についての話から繋がる話だと思うので、(というか、それを読まないと訳の分からない話だと思うので)まだそちらを読んでいない方は是非そちらを読んで頂けたらと思います。

「数字の話 展示の話」

「阿吽の呼吸」が生まれてくるキッカケとして最も重要な要素は、3月に行った常陸國総社宮での「無何有の祭り」であることは間違いないと思います。
ある作品や展示は、唐突に現れてくるわけではなく、ある流れをもってそこに辿り着くわけですが、「阿吽の呼吸」は総社宮からちどりへと流れついた、と言えるでしょう。

「無何有の祭り」については、この頃のブログの記事を読んでもらうのが一番だと思います。

無何有の祭り

神社、という特殊な空間に展示をしてみて、一番心に響いたのは「空間を区切る」いう行為です。
縄を張ること、鳥居を立てること、人を立ち入らせないこと、そして、暗闇を作ること。
区切ることで、こちら側とあちら側、生と死、聖と俗、という「2」の世界を作り出すことができる。
全ての空間をフラットに、全ての世界に満遍なく光を当て、全てを見える「1」の世界にしようとする現代とは完全に逆行する場所なのです。

「2」の世界から見えてくるものは何か?
それは、あちら側とこちら側の間に立つ「3」の世界です。
間に立ち、世界を分け、繋ぐ存在が、2つに区切る行為によって、否応なく発生してくるのです。
不安定な「2」の世界を安定させるかのように。

それこそが自分が彫刻を通じて表現したい「何か」なのだ、と、これまでもボンヤリと感じていたことに実感が伴いました。
そして、総社宮で得た「区切る」という経験をぎゃらりーマドベで再現することで、「何か」を浮かび上がらせたいと思ったのです。

以上が、自分が今回の展示で試みたことではあるのですが、それがうまく達成されているのか、是非ぎゃらりーマドベに足を運んで頂いて、確認していただけたらと思います。
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by mongoru901 | 2014-11-14 00:15 | exhibition
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