浅野暢晴に関するブログです。
by mongoru901
Asano Nobuharu
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阿吽の呼吸展の様子
11月24日にぎゃらりーマドベでの「阿吽の呼吸」展が無事終了しました。
足を運んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
いつも僕の展示に足を運んでくれる皆さんに加え、ちどりさんにいらっしゃる方々が足を運んでくれたことで、今までにない出会いが沢山あったな、と思います。
この場を借りまして、ぎゃらりーマドベ、花ちどり、ちどりの皆さんに御礼申し上げます。

今回はメインの展示の様子をアップしたいと思います。
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今回のメインはこの展示です。
横浜、銀座、日立、文京、総社宮と、様々な場所を渡り歩いて来た大面を中心に吊るし、大面と壁を金糸で結んで結界を作りました。
この結界の中には会期が始まってから会期終了直前までは誰も入ることはありませんでした。
結界はお互いを二匹の狛犬が守っています。
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大面には「降りてくる身体」が対峙しています。
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この二人の対話が今回の展示において非常に重要だったと思います。
会場にいて、気がつくと僕は「降りてくる身体」の中から大面を見ていることが何度かありました。
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大面の口から結界の中をのぞくと、もう一つの「降りてくる身体」が現われます。
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この二つの「降りてくる身体」は大面を通して、対話を行っています。
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また、これらの対話を「始まりの男」が見守っていますが、彼はこの対話に干渉しようとはしません。
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「花男」も少し心配そうに見つめていますが、彼も結界の中には入ることができません。
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そして、展示最終日に結界が破られました。
大面の最後の姿。
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実は展覧会1週間前まで展示のプランは白紙でした。
手持ちの役者は揃っている、劇場も決まっている、ポスターも印刷した、でも、台本は上がっていない。
そんな状態だったと思いますが、「阿吽の呼吸」前の展示を見た瞬間に、今回のおおまかな展示の風景がパッと見えたのです。
自分でもこんなことがあるんだな、と少し驚きました。
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身体を天井から作品を吊るす、というプランは総社宮の時にもあったのですが、時間的に間に合わず断念したし、結界を張ることも総社宮でやりきれなかったプランなので、頭の片隅に残っていたのですが、
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吊るすだけではなく、降ってくるイメージが合わさったのは、マドベでの一日でした。
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あの日マドベに行かなかったら、全く違った展示になったと思います。
そう思うとちょっとゾッとするのです。
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次回は、「降ってくる身体」をソッと見守る「トリックスター」側の展示について書きたいと思います。
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# by mongoru901 | 2014-11-27 00:18 | exhibition
うまくいくか分からないが一つの試みとして
阿吽の呼吸展が始まる前日に大面の向こうの空間を金糸で封印しました。

自分で考えて勝手に空間を区切っているだけなので、その先が神聖な空間、なんて思うのは完全な自作自演なわけですが、金糸を縫って空間を区切る行為が終わりに近づくにつれ、「この先の空間にはこれから13日間、誰も入ることができないのだな」と思うと、徐々に神聖な心持ちになっていきました。

区切る、ということの持つ力は想像を遥かに超えたものでした。

そんなことを考えていた時に展示が終わったら、今度はあの空間を開封するのだな、ということに思い当たりました。
いや、当たり前のことなのですが。

そんな時に、搬入も手伝ってくれた葛迫君が会場の様子をtweetcastingというアプリを使って中継したいと言っていたことを思い出しました。
前にreゼミ展という後輩が数多く出品しているトークイベントを葛迫君がそれを使って中継しておりまして(イベントに行けない僕がお願いしたのですが)それが思いの外楽しかったらしく、またやりたい、ということになったのです。

その二つがパチンと結びつきまして、どうせやるなら奥の空間を開封するのを中継しようかと考えたのです。
そして、会場にいる方には、最後の15分だけ奥の空間に入って奥からの風景をみてもらおうか、なんてことを考えたのです。

あまりこういうイベント的なものをやったことがないのでうまくいくか分からないのですが、一つの試みとしてやってみようかと考えています。

ご興味のある方は会場にいらっしゃるか、葛迫君のツイッターのアカウント @kzsaco をフォローしていただいてツイートキャステングで会場の様子を見ていただけたらと思います。

開封自体は11月24日の16時30分からを予定しています。
遠方で、また、用事があって、来られないという方に会場の様子を見ていただけるかな、とも思いますし。
本当にうまくいくか分からないんですが、一つの試みとして。

ツイートキャスティング

ツイートキャスティング@kzsaco
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# by mongoru901 | 2014-11-23 00:18 | exhibition
思ってたんと違う
水木は在廊できなかったのですが、今日は久々に在廊できました。
ギャラリーには行くものの、ちどりでの食事がなかなが出来なかったのですが、今日やっと食べれました。
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カキフライ、かなりお勧めです。

今日は平日ということもあり、休日よりは訪れる人は少なかったのですが、その分、来てくれた方とは濃い時間が過ごせました。
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(実は今日も言われたのですが)展示をしていて、作者(僕)が現れると、初見の方にかなりの確率で言われることがあります。

「想像してたのと違う、、、」

どうも僕の作品だけを見て勝手に作者を想像するに、
「もっと、年上だと思った」
「もっと、がたいのいい人だと思った」
「もっと、説明とかしてくれなそうだと思った」
「もっと、荒っぽい人だと思った」
「もっと、寡黙な人だと思った」
「もっと、怖い人だと思った」
挙句の果てには
「もっと、縄文人みたいな人が現れると思った」
等と言われます。

荒っぽい豪快な髭面のガタイの良い親父が黙っているかと思ったら、腰の低い男がヘコヘコと現れて作品についてペラペラと話し出すので、皆が上記のような言葉を投げかけてくるのです。

先に僕のことを知っていて作品を見た方が「もっとファンシーでキャッチーな作品を作っているかと思った」と言われることは皆無なので、僕→作品の順番より、作品→僕の順番の方がギャップがデカイようです。
作品から受ける人間の印象って何なんでしょう?
作品を前に「思ってたんと違う!」と言われるたびに
「本当はこの作品を作っているのだが世にでることが許されず鉄仮面を付けられて地下に幽閉されている本当の作者の存在」
を夢想してしまいます。

明日からは3連休。
天気も良さそうですし、是非ちどりのカキフライを食べがてら花ちどりへお越しください。

明日は在廊できませんが、日曜の2時から閉廊まで、月曜は一日在廊予定ですので、作品とのギャップを味わいたい方は、是非日曜か月曜にお越しください!
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# by mongoru901 | 2014-11-21 22:48 | exhibition
作品の大きさの話 村上春樹で言えば
阿吽の呼吸、今日明日はぎゃらりーマドベはお休みです、お気をつけ下さい。

今回の展示をしていてもそうなんですが、作品の大きさについて聞かれたり、提案を受けたりします。
例えば、もっと小さな作品は作らないんですか?(これが一番多い、というかほとんどこれです)とか、もっと大きな作品は作らないんですか?(これはめったにない)とか。

正直自分は小さい作品を作るのは、あまり得意ではなくて、少し大きめの作品を作る方が楽だったりしますが、それを説明するのが案外難しくて。
恐らく、彫刻を作った経験のある人がほとんどいない、というのが理由だと思うのですが。

彫刻で話しても中々伝わりにくい、と思うので、小説にたとえてみようと思います。
といってもマトモに読んでいる小説が村上春樹くらいなので、春樹でたとえてみます。

彫刻で基準になるのが、頭身と言って、人の大きさを基準とした大きさだと思うのですが、小説だと単行本一冊、と考えていいんじゃないか、と。
春樹で言うところの「羊をめぐる冒険」とか「スプートニクの恋人」とか最近だと「色彩を持たない…」とか。

作るのは大変だけど、伝えたい内容がキチンと収められる位の大きさ。
無何有の祭りで言うところのこれ位。
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頭身より少し大きくなってくると、少し大変になってくる。
作る時間もかかるし、物理的にも精神的にも消耗する。
これ位だと「ダンスダンスダンス」とか「ノルウェイの森」位の分量かな,
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ここまで行くと、「ネジ巻き鳥…」とか「1Q84」とか位の消耗度。でも、言いたい事は十分に語り尽くせると思います。
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逆に頭身より小さくなっていくと、お話が短くなっていく。
阿吽の呼吸のDMにも使ったこれ位だと「風の歌を聴け」とか「1974年のピンボール」とか。
それ一つで短いながらに完結している。
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逆にこういう小さいのが寄せ集まって出来た作品は、「蛍、納屋を焼く」「TVピープル」みたいな短編集で、
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ここまで小さくなってくると、「村上朝日堂」のシリーズみたいな感じだと思うのです。
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僕も小さい作品は作るんですが、短編だけで出すって事が出来なくて、ある程度、短編集としてまとまってから、出版するみたいな形が好きなんだと思います。
短い文で短歌や俳句みたいにビシッと完結させる方が得意な人もいるんだと思うのですが、僕は、それだと少し書き足りない、というか、消化不良というか、逆に短くまとめるのにも独自のテクニックが必要なんだと思います。

僕が一番作りやすくて手に馴染むのは、「風の歌を聴け」位の大きさで、様々なアイデアを試したり、自分の込めたい内容が収まりやすい。
でも、少しそれを越えた物語を紡ぎたい、と思った時には、単行本一冊や、何冊もかけて描いてみたりするのですが、発表するにも、読んでもらうにも、努力が必要なので、なかなか大変なのですが、短いところに多くの内容を詰め込んでいくよりは楽だったりします、僕的には。

長めの物語の中から一エピソードを取り出して、味付けをして、短い短編に仕上げる、みたいなお洒落な真似が出来れば、もっと楽に小さな作品が書ける気がするのですが、そこのテクニックは研鑽を積んでる状態で、つい、やりやすい長さの作品を書いてしまうんですよね。

でも、長い作品を読むのはちょっと、、、という方の為に、そういうテクニックを身につけていくのも大事なのかな、と思い始めたわけです。(それキッカケで僕の長々とした文章を読んでくれるかもしれないわけで)

というわけで、自分の作品と村上春樹の作品を重ねるという非常におこがましい行為をしつつ、小説の話をしてるんだか、彫刻の話をしてるんだか、訳が分からない文章になってしまったのですが、彫刻における大きさ、の感覚を少し掴んで頂けたかな?と思います。

というか、そういう隠れ蓑をもって、小さい作品が作れない壮大な言い訳ですね、これは。
さて、頑張ろう、頑張ります。
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# by mongoru901 | 2014-11-17 09:29
さよなら神様
「阿吽の呼吸」展、最初の週末が終わりました。
今日は昼からぎゃらりーに滞在できましたが、トイレに行く暇ももらえない程にひっきりなしにお客さんが来てくれて本当に充実した1日となりました。

1日の最後にお餅と同じくらいの男の子がお父さんとお兄ちゃんと一緒に来てくれました。
たまたま、花ちどりさんに来たみたいで、男の子は恐る恐る、って感じで近づいて来ました。

金糸の張られた作品の前に来て、
「なんで糸が張ってるの?」と聞いてきたので、
「この先に神様がいるので、この先ははいっちゃだめってことなんだよ」って答えました。
すると、金糸の先を覗いて、釣り下がる作品を指差し
「本当だ!神様だ!」と叫びました。

その後も他の作品についてもドンドン質問してくれて、
椅子に座るトリックスターを指差して「これはどうやって作ったの?」と質問したり。
作り方を説明すると、「そんなに大変なら作らなければよかったのに!」と言ってみたり。

なんだかんだで長居してくれて、最後は帰るときに作品を見ながら、
「さよならー神様、さよならー!」
と、作品にも手を振ってくれました。
これはかなり嬉しかった。

あの子には、金糸の先に神様を感じてくれたんじゃないかな、なんて思ったりしました。

2日間のお休みをはさんで、あと6日です。
皆さんにも、ぎゃらりーマドベで神様の存在を感じてもらえたら、嬉しいです。
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# by mongoru901 | 2014-11-16 21:19 | exhibition